「それは無理だよね」とため息をつく現場を、“これは私たちでやってみよう!”と声が上がる現場に

株式会社ジョイゾー
根崎 由以子さん

定年後の再雇用期間に kintone と出会い、64歳で kintone SIer への転職を決めた根崎由以子さん。自らを「kintone おばちゃん」と名乗り、現在は株式会社ジョイゾーで kintone のアップデート情報やプラグインの活用方法を発信しながら、長野県白馬村をはじめ、ご縁のできた各地の現場に足を運んでいます。今回はそんな根崎さんに、kintone と出会うまでのキャリアと現場を巻き込んだ経験、そして“これは私たちでやってみよう!”という声を増やすためのこれからの活動について伺いました。
「私の人生、まだ捨てたもんじゃない」と教えてくれたのが kintone
根崎さんのキャリアのスタートは1981年。大学卒業後、大型コンピュータの言語開発のプログラマーとして働き始めました。その後20年ほどシステムエンジニアとしてアプリケーション開発に携わり、出産や介護を経て美容クリニックの事務長へ。49歳で再びIT業界に戻り、BPO(業務のアウトソーシング)を担当します。現場と管理側を何度も行き来してきた経歴です。
そして定年を迎え、再雇用契約で働いていた頃に出会ったのが kintone でした。
「再雇用期間に入ると、会社での仕事があまりなくて、こんな感じで残りの期間を過ごすのかなと悶々としていました。自分を見失いそうになっていた時期です。そんなときに触ってみた kintone が、学ぶことの楽しさや挑戦することの面白さを思い出させてくれました。昨日できなかったことが今日できるようになる高揚感があって、夢中になって時間を忘れてしまう。『私の人生、まだ捨てたもんじゃない』と教えてくれたのが kintone だったんです。」
その想いを多くの人に伝えたいと、根崎さんは kintone hive 東京2022、そして kintone AWARD 2022に登壇します。この登壇がきっかけとなり、64歳で現在の株式会社ジョイゾーへ転職。以来、kintone に関わり続けて8年目になります。
63〜64歳で kintone アソシエイト、アプリデザインスペシャリストを取得し、現在は改善マネジメントエキスパート試験に挑戦中とのこと。「今じゃなきゃできないことをリストアップして取り組んでいます」と話す姿に、私たちも背筋が伸びる思いでした
現場のお姉さんたちが主役に。退職して3年後に届いた、一本の連絡
根崎さんに、チームを巻き込んだ kintone のサクセスストーリーをお聞きしました。挙げてくださったのは、前職で関わった大手企業の補助金事業を支援するBPOプロジェクトの話です。大量の紙書類と煩雑な確認作業により離職率が非常に高く、「会社として撤収もやむを得ない」とまで言われていた現場でした。
「私はそのチームのメンバーではなかったんです。でも、その状況を噂で聞いて、居ても立ってもいられなくなって、審査業務の kintone 化を提案しました。現場の事務担当のお姉さんたちとITコンサル部門を巻き込んで、kintone を囲んで『あーでもない』『こーでもない』と、ときには喧嘩をしながら、年度事業が始まる4月までの約2か月で基本となるアプリを構築しました。その後も運用しながら機能追加を重ねて、年度末までに中間検査から確定検査まで無事に完了させることができました。」
コロナ禍では、この仕組みがあったことでリモート業務が可能となり、業務継続にも大きく貢献したそうです。ただ、根崎さんがいちばん印象に残っているのは、成果そのものではなく人の変化のほうでした。
「取り組みを始めた当初、社内で kintone アソシエイトを持っているのは私一人でした。それが、現場の事務系のパートや派遣のお姉さんたちを中心に増え続けて、翌年度末には10人になっていたんです。『与えられたシステムを使うだけ』だった方たちが、自分たちで設計して開発する側に変わっていきました。こんなおばちゃんでもできるんだ、というのがハードルを下げたんだと思います。人が興味を持って、やってみようと思う力ってすごいですよね。kintone はそのハードルがとても低いんです。」
そして、思いがけない続きがありました。根崎さんが退職して3年が経った昨年の夏、前職の上長から連絡が入ります。当のシステムの大規模改修についての相談でした。
「現場のお姉さんたちが継続してシステムを育てて、活用してくれていたことを知って、胸が熱くなりました。kintone は専門家が一方的に作るものではなく、現場のメンバーが主役となって育てていけるツールなんだということを、チーム全体で体現できた経験でした。」
“チームが主役になる成功体験”は、現在の活動においても根崎さんが大切にしている考え方だといいます。数字の成果よりも先に人の変化を語る姿に、この経験の重みが表れていますね。
白馬でも、神奈川でも。「おばちゃんとアプリ作ってみませんか?」と声をかけ続けて
根崎さんの発信活動の軸は、地域や現場に足を運びながら、kintone に触れるきっかけとなる「場」や「体験」をつくることです。なかでもご縁が深いのが、長野県の白馬村でした。
きっかけは、kintone hive の登壇記事を白馬の有志の方が見つけてくださったこと。コロナ禍でオンライン授業の環境整備に奔走していた地元の方から、Facebook で連絡が届いたところから始まりました。
「2023年と2024年に kintone Café 白馬を開催して、地元の方と kintone 関係者が出会って気軽に話せる場づくりに取り組みました。2024年には白馬高校で kintone の授業をさせていただいて、高校生のみなさんにアプリを作る楽しさを実感していただきました。その後も白馬のフリースクールの運用アプリや、白馬高校の寮生管理アプリのサポートなど、白馬という地域ならではの距離感を大切にしながら関わり続けています。」
活動の場は白馬だけではありません。2024年4月からは kintone Café 神奈川の運営に携わり、県内のあちこちで登壇者や参加者が安心して集い、発言できる雰囲気づくりに取り組んでいます。同年には kintone Café JAPAN の運営にも関わり、2025年には白馬と神奈川での取り組みについて登壇。kintone Café 東静岡伊豆の立ち上げもサポートしました。
こうした活動を、根崎さんは自分の中で一つの合言葉にしています。
「『おばちゃんとアプリ作ってみませんか?』というのが、私の合言葉です。心の中では“おばちゃんとアプリ作ってみませんかキャンペーン”と呼んでいます(笑)。年齢やITスキルに関係なく、誰かの『やってみようかな』という一歩に寄り添いたいんです。今の会社では発信の仕事が中心で、お客さまに作ってもらうアプリを一緒に考える場からは少し離れているので、正直ちょっと寂しくもあって。kintone Caféの活動でユーザーさんに会うと、エネルギーがチャージされます。」
地域とのご縁が、そのまま人のご縁につながっていく。根崎さんの活動の広がり方そのものですね。
背中を押してもらう側から、誰かの背中を押す側へ
根崎さんが kintone エバンジェリストの存在を知ったのは、kintone を使い始めたばかりで何もわからなかった頃に読み漁ったブログやコミュニティでの発信だったといいます。
「当時はエバンジェリストという制度自体を知らなかったのですが、現場目線で書かれた情報は、頼る人もいなかった私にとって技術面でも気持ちの面でも大きな支えであり、憧れでした。松田さんのYouTube生配信『今夜も kintone』を観るのは、5年来の日曜夜のルーティンになっています。」
kintone を学びながら数年が経ち、システム構築ができるようになった頃、同時に65歳までの再雇用期間の終わりも見えてきました。「kintone とのご縁もここで終わりか」というやるせない思いを、根崎さんは同じく現在kintone エバンジェリストとして活動する飯塚 洋平さんに何気なく相談します。それが、あの kintone hive の登壇につながりました。
「当時は『わたしが?』と、すごく戸惑いました。でも飯塚さんは、私が以前から憧れていた松田さんにつないでくださって、お二人で背中を押して支えてくださったんです。kintone Café 白馬を開催しようと決めたときも、kintone エバンジェリストである長井さんと小泊さんがずっと寄り添って協力してくださって、2度の開催とも北アルプスの山中の白馬村まで駆けつけてくださいました。
小泊さんは白馬高校の授業のときにも豪雪の中を来てくださって、生徒さんのフォローも、その後の白馬村役場への報告会への同行もしてくださいました。実は、エバンジェリストへの応募を迷っていた私の背中を再びどーんと押してくれたのも飯塚さんです。」
何もわからなかったときに遠くから支えてくれて、行き詰まったときに声をかけてくれて、迷っているときに背中を押してくれる。根崎さんにとってのエバンジェリストは、そうした関わりで次の一歩に進ませてくれる人たちなのだそうです。
これからは、いただいた側から手渡す側になりたいと語ります。
「これまで一人で『おばちゃんとアプリ作ってみませんか?』と声をかけ続けてきましたが、同時に、ひとりでできることの限界も痛いほど感じてきました。同じ思いを持つ人たちの気配を背中に感じながら現場に向き合えたら、どんなに心強いだろうと思います。私がエバンジェリストの方々からいただいたのは、技術的な知識だけでなく、迷いながらも前に進むための支えでした。その経験や活動を、今度は違う誰かの最初の一歩につなげていくことが、何よりの恩返しだと考えています。」
そして最後に、kintone を通して実現したい理想を教えていただきました。
「『自分の仕事を、自分でちょっと良くできる』という kintone のワクワク感や楽しさを、年齢や立場に関係なく、ひとりでも多くの人に知ってもらいたいです。『それは専門家がいなくちゃ無理だよね』ってため息をついて、ただ待っている現場を、“あ、これ私たちでやってみよう!”という声が聞こえてくる現場にしていきたい。自分の活動や発信が、kintone に触る最初のきっかけや、誰かの一歩を踏み出す突破口になったら、kintone おばちゃん冥利に尽きます。あちこちに出かけながら、年代も立場も問わず、『わたし』が主役になれる kintone の楽しさを、自分のペースでゆっくり広げていきたいですね。」
“あ、これ私たちでやってみよう!”という声が、白馬でも、神奈川でも、これから訪れるどこかの現場でも増えていく。根崎さんの歩みは、その一つひとつが確かな証明になっていますね。これからの活動も楽しみです!
根崎さん、kintone への熱い想いを聞かせていただき、ありがとうございました!




